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2013年8月31日 (土)

旅の小田原・その4・思い出めぐり&おたのしみ弁当。

さて、小田原の旅も後半です。

栢山にて、自分の生家を確認し、小田原駅方面へと戻りました。次は通学していた小学校を中心に、友人の家なんかを探そうと思います。

なので、小田原のひとつ前の駅、足柄駅で下車。

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ここから徒歩で小田原駅方面って結構距離あるよね・・。炎天下、歩きますよ。

まずは、小学1年~5年まで通っていた芦子小学校です。まだ校歌唄えるよ。

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私が入学する前に火事で焼けちゃって、奥側の鉄筋の校舎ができた。手前の校舎は私が在学中は木造だったよ・・。

校庭を見たり(今は学校の中に入ると不審者だから入れないよ)。

この近所には友人の家が多い。仲の良かったY君の家も昔のとおりにあった。表札がY君自身になっていた。

おっと、K君が住んでいた家もまだ在った。ここは前回小田原旅で書いた洋便VS和便編の舞台となった家です。当時は豪邸だと思ったが今見ると普通の家だね・・。

ハアハア、暑い。もう歩けん。しかし、休もうにもちょこっと入れるような店が無いなあ。ファーストフードが。

デニーズでカレーを食ったが、混雑して長居も出来ず。近くのスーパーの一階にマックを発見。やっと休めました・・。

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ふう。少し汗が引きました。

なので出発。今度は、子供の頃の私がちょっと冒険的に散歩していた、城山地区を散策です。ここには、小学生の私が恋をした二人の女の子の家があるはず・・。

この道に架かる橋、確か山手橋。ここが私にとっての結界でした。

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この橋から先に行くには冒険だったのですよ。

私の初恋の人Sさん。仲が良かったTさんとUさんとの3人グループと親しくしていたのだ。Sさん宅のおひなさまパーティーにお呼ばれしたなあ。

当時は、ホワイトデーというのが出来た頃だった。バレンタインには既にピーナッツ入りの不二家ハートチョコを頂いていたのだ。そう、既に義理チョコがクラスでは飛び交っていたのだ。

なので雛祭りにはホワイトデーのお返しが必要でした。当時はキャンディーで返すという決まりだった。

姉のアイデアで、パイナップルキャンデーという穴の開いた黄色いキャンディーをセロテープで接続してリング状にし、ネックレスとして首に掛けてあげた。これはキザだったな。SさんTさんUさんの3人の首に掛けてあげて、とても喜んでもらったよ!一緒に呼ばれた学級委員長のY君は森永ミルクキャラメルをプレゼントしていたので、勝った、と思ったね(笑)。そっちの方が美味しいのだけどね。こういうことは当時から得意だったんだな・・。

Sさんの家に行ったのに、場所の記憶がなくなっていた。地図を眺めて、あ、ここだったかもしれない、と思った場所に行きました。

山手橋の下にある住宅地。T5_3


道が碁盤の目のようになっていたから、このエリアしか考えられない。行き止まりになっている木が茂っていた道。ちょっと広場になっていた左側。

けど、もう全く変わっていて木も生えていない。これはわかりませんでした。残念。

山手橋を再び渡って、城山の奥へ。ここには、秘密の小道があった。

丘の途中に、斜面を横切るような小道が続いていた。眼下には小田原の町が一望できて、ミカン畑のような中の細い道。殆んど人が通らなくて、ここは自分だけの秘密の道だと思っていた。シュロの木が何本かあって、当時は椰子の木だと思い、ここは日本じゃないみたいだ、って思っていた。場所は記憶の中では謎になっていたが・・。

ヤフーの航空写真でこの辺りじゃなかったか?とアタリをつけていた場所へ歩く。

あ、こんな感じだったな。

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そう、住宅地にここだけ家が無くって、木が生い茂っていたのだ。

ああ、これだ!シュロの木がある!

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ここだよ。今は道は無いようだが、こんなところだったよ。懐かしい。

このシュロの木は当時のか、その子供なのだろうか。この辺りが小学生の頃に冒険した秘密の場所だったのだ。

また一つ謎が解明されました。

Sさんの次に好きになったTさんの自宅を探そう。そこは、25歳くらいの時小田原に出張帰りによった際には在った。確かに小学生の時に行ったことのあるTさんの家はあった。

けど、前回の小田原旅でも、Tさんの家の場所はわからなかった。今回も何度も歩いたが、記憶の場所にTさんの家が無い。そこには大きなマンションが建っているのだ・・。

変わってしまうんだね、懐かしい場所は。

さて、もう歩き回って汗びっしょり。ポロシャツの色が汗で変わってしまったよ。軽く熱中症っぽくなってしまった。

駅ビルの本屋で涼んでいた。駅前のおみやげ物屋さんでアジの干物とまるうの蒲鉾を買って、実家に発送してもらいました。

そうしたら、雷雨に・・。携帯でチェックしたら、もうしばらく雨止まないようだ。

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なので、駅ビルの店で515円の折りたたみ傘を購入。

ちょっと予定より早いけど、ホテルにチェックインすることにしました。この雨では歩けないし、もう疲れているし・・。

2日目の宿は、ホテルクニミ小田原さんです。

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このホテルはちょっと料金も高めで綺麗なホテル。

部屋もなかなか綺麗。

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窓の外は雨。かなりの土砂降りでした。

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お風呂に入って、雨が止んだので、歩いて先日も行った緑町のカフェ・テンさんで夕食。この模様は前の記事に書きました。

また夜の小田原を散策してホテルに戻って就寝。

翌日、最終日はもう思い出の道を再び歩くことに。

9歳までの遊び場の三角公園。

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あの頃より半分ほどの小ささになっている。学校帰りはこの先端から入って、手前側の家に帰った。夕方はここに佇んで、明神が岳に沈む夕陽を眺めた。なんか一人でここにいたなあ。

ずうっとここで暮らせると思っていた。小田原から出るなんて考えもしなかった子供の頃。あのままここに住んでいたらなあ。この近くにスポーツ自転車の店が出来ていた。あのまま住んでいたらきっと自転車を買っていただろう。カフェ・テンにも入り浸っていただろう。

時代は変わったな。あの震災で、ここも津波対策が。

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海から遠い気もするが、あの震災のような津波が来ればここも襲われるのだろう。そういえば台風の後の夜には波の音が聞こえた気がするから、海は案外近いのかもしれない。

さあ、もう帰ろう。

駅前の登山デパート跡も、次回に来る時にはもう無いかもしれないな。

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帰りも高崎まで直通の湘南ライナー。やっぱりグリーン車に乗ります。

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また1階ね。こっちの方が静かな感じだから。T16_2

グリーン券は、休日なので行きよりも200円安くなりました。

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職場へのお土産はおせんべい。

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駅の構内のみやげ物店で買ったのだけど、かまぼこせんべいはとても美味しかった!これはお薦めです。安くて旨い。職場でも好評でしたよ。

フィナーレは、駅弁ですね。これ、懐かしいんだよ。子供の頃、家族と群馬に帰省する時には電車に乗ったんだけど、この駅弁を食べた。

小田原の隠れた(?)名物、おたのしみ弁当です。

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中身的には、普通の幕の内って感じですが・・・。

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この右上の部分に入っている「筍鶏そぼろ」。これが実に旨い。子供の頃も好きだった。独特の味で、おかずはこれだけでもいいくらい。是非食べて欲しい。

なんか醤油を掛けたフライとか、シュウマイのカラシとか、ほんのり容器の木の香りのする御飯とか、最後御飯が容器にくっついているところとか、駅弁ってほんと懐かしい旨さがあるよなあ。これでポリ容器に入ってふたに注いで飲むピンクの紐の付いたお茶が売っていれば完璧なんだがな。

こうやって普通列車で駅弁を食べられるのもグリーン車ならではの旅。

3時間ちょいで高崎に到着しました。良い旅であった。今回泊まった2箇所のビジネスホテルのレビューはまた後日。

年末までにまた小田原に行きたいなあ。春夏秋冬の小田原を歩きたいのです。

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