自転車・アンカーRML7

2012年10月28日 (日)

過去乗っていた「アンカーRML7」その2・乗鞍参戦~ツーリング仕様化。

昔乗っていたロードバイク、アンカー・マグネシウムの続きの記事を久しぶりに書きます。お待たせしました。

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今日は雨なんでこんなこと書いてます・・。

さて、自分でも乗れていた頃に乗っていたバイクです。ヒルクライムレースを連戦。とうとう当時ヒルクラ最高峰といわれた乗鞍に参戦です。

このレースは当時でも特殊で、軽量化されたヒルクラマシンが登場することでも有名でした。なので私もこのアンカーをギリギリ軽量化します。といってもトリプル仕様なんでそんなには軽くなりませんけど。

アンカーRML7乗鞍仕様。2004年8月。

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7・9キログラム(ベダル付き)。

前回の会津ヒルクライムからの変更点は、

サドルをセライタリア・SLR(135グラム)に。これは殆どパットが無くて尻から火が出るような痛さとの戦い(笑)、短距離決戦用ですな。

シートポストをXLR8R(160グラム)へ。こりゃ軽いわ、カーボンモノコックですね。

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しかし、このシートポスト変更がレース中のトラブルになってしまったのです。

シートポストが下がってしまう慢性的なトラブルを抱えていました。実際は30・4ミリのピラー径を付属のシムで27・2ミリにしてあるのですが、XLR8Rは表面がつるっとした仕上げなのか、しっかり止まらず下がってきます。対策としてクランプを太いものにし、シムを2段階に装着し乗鞍のレースに臨みましたが、残り5キロの激坂区間でシートが下がりだし失速、4センチ下がった状態でのゴールでした・・。

ええ、走っている途中でずるずるとサドルが下がる恐怖。降りて直そうと思いましたが、ここで降りたらもう押しちゃうと思ったもんで。

今の乗鞍はどうなんだかわかりませんが、当時はなんか山小屋があるアタリからの急斜面から、コンクリっぽい簡易舗装の区間があったのです。そこは急だわ路面が悪いわでもう大変。ちょうどそこでサドルが落ちてきちったんで、くそー、そのまま行ったれ!となったんですね。

無事完走しましたけど。最後斜度が緩くなるんですけど、そこでなんか息苦しくて加速が出来なかった。標高との戦いでもあるんです。山が高すぎます。天気悪くて下山では寒かったよ・・。

いい思い出でした。参加者が多すぎて、スタートするまであんなに時間が掛かったのも初めてだった。

当時のゴール後の私。

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うぎゃああ、腹が殆ど出ていないよ・・。なんてスリムなんだ!今の腹からは信じられないよ。自転車乗る前は80キロを越えていた体重をこの時60キロ台まで落としていました。自転車は本気で乗れば確実に痩せますよ!

今?78キロです・・・。

当時のブログ記事を探したのですが・・。まだブログのない時代のHP記事をブログに移転したものです。画像は1枚だけ貼れましたがHPを消去したら画像も消えました・・。

一応転載記事をリンクします。参戦記事は当時マイブームだったでたらめ架空話です(笑)ホモネタなんで楽しんでください・・。ネタでリタイアしていますが、実際は完走してますから。

帰宅後の記事

前日の話。

デタラメ前夜の話その1

デタラメ朝の話・その2

デタラメ参戦記その3

デタラメ参戦記最終話

デタラメ参戦記補足

全く、あの頃はいい加減なこと書いていたなあ。当時はこういう余裕があったんだよ。今ロードバイクに夢中になっている人は信じられないとは思うけど。もう本気過ぎだから今こんなこと書いたら怒られちゃうんだよ。あのころの乗鞍だって、私が下山する時にまだ登っていた人たちは皆バイクを押してたよ。今のヒルクライム知らないけど、押している人はあんまりいないんでしょう?時代は変わったよなあ。

で、この2004年の最後のヒルクライムレースは、Mt富士ヒルクライムの第1回大会だったけど、それはいよいよ当時の本気マシンのTIMEで参戦した。

なんで、このアンカーのレースマシンとしての役目は終了。ツーリングぽくなって行くのです。

トリプルなんで、山に行くのがおもな走り。今じゃ考えられないくらい山を走っていましたね。

お気に入りコースは2つ。けど、今でもこのコースはあまりローディーが何故か走っていない穴場コース。

ひとつは安中から倉渕に抜ける地蔵峠。ここはいい道です。

もうひとつは、御荷鉾山をめぐる峠コース。

甘楽の小幡から雄川沿いに上がって秋畑から峠を越えて日野へ鮎川沿いに降りるコース。

秋畑は急峻な斜面に集落が広がっている景観保存地区だっけな。絶景だよ。

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それと藤岡から鮎川沿いに上って、塩沢峠から神流へ抜けるコース。こちらも急だよ。

夢中になると凄い坂も登れるんだねえ・・。

暑い時期だったが、どっちのコースか忘れたがこんな滝があった。

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途中で湧き水を何箇所か汲めるの魅力のコースだったなあ。

その後、ホイールを今でも使っているカンパのヴェントに。スプロケを14-25Tにしたりした。

さらにバックを積めるようにした。乗鞍ヒルクライムを走ったバイクがこんなお姿に・・。

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これはちょっとやりすぎで実際には使わなかったのですが、ここまでロードバイクでも荷物は積めますよという図。

実際はフロントバックのみが多かった。

トピークのツアーガイド。上面のマップケースがツーリングの泣かせる仕様。




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このフロントバックは変速バナナでシフトワイヤーを逃がして装着してあります。

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なんとハンドルバーに補助ブレーキも装着。これはやりすぎだろう(笑)

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テスタッチのエイドアーム。

カメラ用のロウプロ製ウエストポーチを改造してフロントバック化。

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これはちょっとしたツーリングで使用。

宿泊ツーリングではコレ。

リクセンカウルのマッチバック。20リットルという大容量。けどそんなに重いものはダメだよ。

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着替えくらいならパンパンに入れても大丈夫。

なんたってこのアタッチメントの許容重量まで。プラスチックだから。

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このステーは延長ステーを追加してあります。

というわけで、この仕様でチームのお泊りツーリング。倉渕経由で沢渡温泉で一泊し、翌日は渋川経由で帰宅。その時の仕様。

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バックが積めるバイクは当時コレがメインだったので、色々ツーリングしました。

これは富岡官営製糸工場。まだ今みたいに世界遺産候補ブームになる前の姿。

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フロントバックに名物の絹シューマイを入れてお土産に。ロードバイクでもツーリングできるということを証明したかったんだな。当時はまだツーリングはMTBという風潮で、ランドナーは今のように復活していなかったんだよ。

と、いうわけで一番乗れていた頃のバイクなんで思いではいっぱいです。マグネシウムのメリットはあまり活かされなかったバイクですが、歴史に残る一台であろう。

この後、コンパクトクランクが台頭してきて、ロードバイクをトリプルで組むという最後の時代のバイクでしょう。

その後いろいろあったんですけどね・・・。M氏に譲り、カンパニョーロを移植されています。まだ腐食はしてないようですが。

またアンカーのバイクに乗りたいなあ・・。

コレでアンカーRML7の記事は全て終わりです。このバイクの記事は沢山書いたと思うけど、もう探すのが大変でこんな感じですみません。

昔乗っていたバイクシリーズは、あとはアンカーのネオコットMTB、デローザのアルミカーボンバック、GIANTの折りたたみMR-4というところですが。(GIOSのシクロクロス、ビアンキの折りたたみもざっと書きます)

以前のブログのインデックスという感じで書いていますが、どれから書きましょうかね?いつになるかわかりませんが。

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2011年7月18日 (月)

過去乗っていた「アンカーRML7」その1・購入~ヒルクライム参戦編。

昔乗っていたロードバイクシリーズです。

以前やっていたホームページを閉じてしまったので、資料的にこのブログに移しております。もう既に手元には無い自転車です。

この地方でヘルメットにレーパン履いて走ると、競輪選手かい?と声を掛けられた時代の昔話です・・。

2004年4月購入した「アンカーRML7」

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ブリヂストンがやっているアンカーね。

当時鳴り物入りで登場した新素材マグネシウムのフレーム。ピナレロのドグマが当時マグネシウムフレームで話題だったが、こいつは話題の割りに普及せず、なんか幻っぽいよ・・。

結局マグネシウムは、この他にはメリダのMTB(BSは当時メリダと関係があったようでこれはメリダっぽいのだ)、テスタッチにプロトタイプがあって結局売らなかったか・・。ドグマもデダチャイが独占契約とかで他にパイプを出さなかったし、ドグマがフルカーボンになった現在では、マグネシウムフレームはもう無いんじゃないかな。加工し難く腐食しやすいという弱点があったし。

このヴェントのホイールは今も使っていますね。ハンドル位置はステムをひっくり返してまで高く上げているし、ギヤはトリプルだし、ツーリングに使うのかと思ったらこれで当時はヒルクライムレースに参戦していたのです。

この時、実はもう一台TIMEというカーボンバイクを所有していましたが、これでヒルクライムが遅いと恥ずかしい・・・、という思いから、真面目に頑張っているイメージのあるアンカーを購入。練習にも気軽に使えるし。

HPに書いてあった購入のお話は・・。

ヒルクライムレースに参戦することになり、新たにレース&トレーニング用のロードレーサーを組みました。TIMEは軽量化をやりすぎてしまい、軽トラックが買えるほどのゴージャス仕様に。そのままツールドフランスに出られそうなスペックのロードをヒルクライムで押していたら惨めです。そこで、レース用として実力があり、価格もリーズナブルなアンカーに興味が。行きつけのショップの展示会に出品していたアンカーのブースにて、元アンカーチーム選手の熱心なお勧めで購入。最初はアルミ・カーボンバックのRCS7を購入するつもりでしたが、納期的に4月末のツールド草津に間に合わず、選手が気にいっていると言うマグネシウムに変更。こちらも納期は厳しかったのですが、「アンカーはレース優先ですから間にあわせます!」との一言で発注を決めました」

だそうで。

フレームをカラーオーダーし、パーツをショップで組んでもらいました。この時アンカーのクロモリMTBもあってそれもTIMEもフレーム買いだし、当時は完成車を買うという考えは無かったのです。今ほど完成車がお得じゃなかったし。

パールホワイトに青のロゴにしました。アンカーの人には普通ロゴは黒で入れるので青は珍しいと言われたな・・。

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ツールド草津に間に合うかぎりぎりだったので、トップチューブのネーム入りは時間がかかることから見送り。なのでトップチューブは何も文字が無く寂しいから自分でネームランドでシールを作って貼りました。マグネシウムと貼ってみた。

だって、こうしないとマグネシウムだって誰も気が付いてくれないから・・。どう見たってフルアルミ。

これが購入時の仕様。最初からフォークをアンカーからクオータに交換してあったり(アンカーのフォークはアルミコラムで500グラム以上あった)気合が入っていましたね。

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このホイール気に入ってたけど、この後トラブル・・。バーテープはシルバ巻き、ショップの人は巻くのが上手。

スペックは以下のとおり。元のHPから画像でコピーしちゃった。

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アルテグラなんて、今の自分だったら贅沢すぎ。これで8・4キログラム(ペダル・ボトルケージ、サイコンつき)。ペダル無しなら8・1キロくらいか。トリプルのわりには軽く仕上がりましたね。

さて、ツーリング志向のチームだったはずが、何故かヒルクライムレースに参戦することに。初戦は地元群馬のツールド草津です。草津の温泉旅館に前泊して楽しかったなあ・・。チームメンバー全員完走しました。

で、この時トリプルクランクが威力を発揮したのです!これは下山時の画像。

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当時はコンパクトクランクなるものは普及していなかったのです。サードパーティーからは出ていましたが、シマノやカンパからは出ていなかった。ロードバイク乗りならば、53×42Tを踏んでこそ男と言われた時代。ヒルクライムでも52×39Tです。サードパーティーからPCD130に付けられる最小の38Tギヤがあって秘密兵器だったな。

シマノも「ロードバイクに乗るならばダブルに乗るべし。ツーリングならトリプルがあります」と公言し、コンパクトクランクをカンパが出しても否定的でした。今では考えられない・・。

そんなたくましい美学に満ちた当時のロードバイク(ロードレーサー)乗りの哲学は素晴らしくストイックでしたが、私には体力的に無理・・。チームメイトはコンパクトクランクにしましたが私はさらに軽いギヤのトリプルを選択。ブルペというのが話題になりはじめて、それはロードバイクにトリプルが多かったので存在はしていましたが。

で、勝負にこだわらない我がチームはもう最後尾の方でのんびりスタート。が、なかなかよく走ったのです。

当時は今のようなロードバイクブームではありません。市民イベントみたいなものでしたから、日頃乗っていない人もホームセンターMTBでかなりの人が走っていたのです。そういう人はもう押しています。速い人達はドンドン先に行っていますが、次は昔ながらのクロモリロードやアルミに、ロードレーサー乗りの美学でもって普通のダブルクランクで出ている人達がギヤが足りなくて押しています。私はインナー30Tでくるくる回して登れました。やっぱトリプルにして良かったと思いましたよ・・。やはりストイックよりも安楽です。

結果、今にしてみれば遅いタイムでゴールでしたが。しかし下山中に後輪のハブからキュルキュルと異音が発生。上っているときから音はしていたのですが、どんどん爆音になり、ホイールが振れて来た!怖っ!ゆっくり下りました。

後日ショップに持って行くと危ないところだったという。このホイールはそういうトラブルが他にもあったらしく初期不良で返品となりました。。

ちなみにマグネシウムのメリットは・・。よくわからん(笑)。マグネシウム最大の利点はアルミより軽くなるということだが、このフレームはアルミ並みです。もう一つの売りの振動吸収性は今時の乗り心地の良いアルミみたい。当時のアルミがガタガタと振動が酷かったのに比べればよかった。剛性は高いが、何故かBB付近に微妙なバネ感があって、私には踏み抜きやすかった。当時は乗れていたから良く走ったのでしょう。好印象でした。

以前のHPに書いたインプレをコピー。クリックすると大きくなります。

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踏み出しの軽さが印象的で、私の低速ヒルクライムにはピッタリでした。

結局このモデルは、マグネシウムのメリットである軽量性がこのフレームに生かされなかった。さらに溶接が困難だそうで、生産歩留まりが悪いと言っていました。と言うわけでいつの間にか消えてしまった幻の自転車です・・。

ツールド草津でなかなか良く走れたのに気を良くしたチームメンバーは、この年次々とヒルクライムレースにエントリーします。

2戦目は、福島県の会津ヒルクライムです。この年に始まったと思う。前半は平坦路で、チームで集団作ったりロードレースみたいで楽しかった。

またちょっと軽量化した、会津ヒルクライム仕様。

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ゴール地点にダム湖があって、アイスとかしんごろう餅とか美味しい物が出たイベントでした。

こういう仕様に。

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ペダルつきで8・1キロに。ペダル無しなら7.8キロくらいか。

FRMのホイールが見た目は手組みなのにめちゃ軽い。

このスプロケットも凄い。TISOピニオーニ。

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普通スプロケットはいくつかの歯の部分で分解できますがこれは出来ない。一体形。アルミの塊から、この形に削り出しているのだ!裏から見ると全部くっついているんだよ。スパイダーアームとか付いてないよ。まさに芸術品。けど2000キロしか走れないよ。

そんな軽量化をして参加した会津ヒルクライム。前日の練習走行ではパンクしました。リムテープまで極薄に軽量化したため、ラテックスチューブがリムの穴に吸い込まれてパンクしていた・・。

前半のロードレースっぽい部分も飛ばして楽しかったし、ヒルクライムセクションでもペダルが気持ちよく踏み抜け、キュンキュン走って結構抜けました。人生で最も乗れたレースですね。

けどまあ遅いわけで、ゴールでもとっくにゴールしているチームメイトに出迎えられました。

これゴール直後。まだ余力がありますね。

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さて、3戦目は当時ヒルクライムの最高峰と言われていた、あの乗鞍ヒルクライムに参戦です。

いつかまた後日に続きます。

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