思い出

2017年7月22日 (土)

思い出旅その3・あの丘・アパート・suicaで新幹線編。

多摩センターに朝が来ました。

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思い出旅の最終日です。

チェックアウトは11時なので時間はある。部屋に荷物を置いたまま散策へ。

駅と反対方向。

ああ、この場所。ここで良く群馬で別れた彼女へと電話しました。携帯なんかない時代ですから。


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謎のガラス張りの建物はまだあった。この先のレンガの壁で行き止まりになっていたが今は抜けられるね。

ここを左折。

車と歩行者とが完全に分離している道。


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昭和の頃に作られた理想的な多摩ニュータウンです。

思い出の丘に到着。早朝なので昨日みたいに人がいないだろう?


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はあはあ。ここを登れば、あの頃の二人が蘇るよ・・。


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ここだ。この場所で僕らは、いた。あの時。


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どういう状況でここに来たのかはわからない。自分は良く散歩で来た場所。

この場所を彼女に見せたかったのだろう。この景色を。たぶんデートの帰りかな?

そしてこの石に腰かけて記念写真を。


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その時の写真が残っている。ちゃんとスマホに入れて来たよ(笑)。

別れた彼女の写真をすぐに捨てちゃう人もいるけど、私は捨てない。大切な思い出が捨てたらなくなっちゃうじゃないか・・。

うぎゃああ。もう何十年前なのか?昭和な感じだけど。

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脚が綺麗な人だったんだねえ。

当時の私はお尻フェチで(笑)。彼女には「ふつう男の子って胸が好きなんじゃないの?なんでお尻ばっかり・・」て言われた。

この後、脚フェチになって、もったいないことをした。この脚に黒やラメや網のパンストじゃなくってストッキングを履かせ、いや、なんでもありません(恥)。まったく当時は脚に興味が無かったんだよ、残念(泣)・・。

この場所から撮影したんだね。

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その時同時に彼女が撮影した私の写真は。

だらしねえ!


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なんだこのだらけた格好。こういうやつだったんだよ。しかもこの服。ジーンズメイトで買ったんだな。

まあ、今より痩せていたのは確か。

この場所で撮影したんだな。

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何で彼女は縦画で撮影したんだろう。カメラも上手だったのか?いや、当時のカメラはハーフサイズのフィルムカメラ。一コマを2枚で縦割りして撮影するので普通に構えると縦画になったんだよね。

彼女はこの入り口付近に立って私を撮影したんだな。この場所から彼女を見ていたんだ。


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くうううーーーー、涙が止まらん!

しばらくボーっとしてしまったよ。

けど、どうやってここに来たんだろう?徒歩じゃないだろう。たぶん車だ。

ここを登ってきたはずだ。


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で、このくぼみに路駐したんだな。当時は今より路駐とかうるさくなかったからなあ。すんませんね。

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で、ここをくぐって行ったのだろう。


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その後の歴代の彼女もきっと連れて来たんだろうな。

好きな場所だったから。

帰ろう。

道をホテルへ戻る。

当時は謎だったこれ。掲示板だったんだな。回覧板の代わり?


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すっかり汗をかいてしまったのでシャワーを浴びてから、ホテルをチェックアウト。

京王プラザホテル多摩、お世話になりました。

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朝の多摩センターは既に賑やか。早朝はピューロランドへ行くスタッフの働く方々が、 この時間はピューロランドに行くお客さんの列です。
女性率高し。

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多摩モノレールの駅。かっこいい駅舎。こんなの当時は無かったよな。


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まさかモノレールとはねえ。確かにこの先の道には妙に広い中央分離帯が当時からあったので、昔から計画していたのでしょう。これが当時にあれば通学が便利でここから引っ越さなかったかもなあ。

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これに乗車。


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2つ目の駅で降ります。


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ここは彼女が暮らしていた町です。

ああ、この通りをきっと二人で歩いたな。手なんか繋いじゃったりして。この後ろにスーパーの「ラブさん」だったか「ラブラブ」とかいう店に食材を買いに行ったのだ。

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この路地に入って、この角を曲がった。すると。


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ああ、ここです。彼女のアパート。

過去の彼女へのストーカー行為(笑)。


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この三階端の部屋だったな。階段を二人で上り下りしたなあ。見晴らしはいいんだよ。

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彼女は自転車乗りでね。大学では自転車部で。当時はツーリングが主体。彼女もランドナーに乗って北海道一周ツーリングとかやっていた。フロントとサイドバック付けてね。

その時乗っていたランドナーをビアンキでお馴染みのカラーのチェレステという薄緑青色にショップで塗り直していたなあ。水色が好きだったのかもね。

一緒に町田の自転車屋さんにグローブを買いに行ったっけ。

自分も自転車に乗り始めてね。いきがって桜上水からここまで高校生の時に通学で使っていたロードバイクもどきで走ってきた。けど帰るのが嫌になっちゃって、このアパートの3階のドアの前に置きっぱなしにしちゃって。そのまま別れたんだよなあ。

このアパートは当時は新築だったけど、年季が入ったね。

で、この橋の向こうに中学の同級生だったM君のアパートがあってね。彼も自転車部でその関係で彼女と出会ったんだ。


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結局あの自分の自転車はM君のアパートに彼女が持って行ったんだ。ちゃんと自転車屋さんで整備されていたんだよ。

ごめんね。M君宅に受け取りに行ったんだけど。あのタイミングでやり直せたかもしれないなあ・・。

彼女の通学ルート。提供大学の3年生だったな。向こうのビルが今の提供大の校舎。立派になったね。

この先真っすぐ抜けられて、神社の脇に道があったのだけど、もう通れなかった。

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その後彼女は証券会社に就職。五反田の支店にいた。4年間住んだこのアパートを出て、都心の会社の寮に住んでいた。

自分の癖で、その頃再会してしまう。別れた彼女と後年また会いたくなっちゃうんだよおおお・・。

彼女は五反田の駅前でティッシュ配りばかりだそうで、居酒屋で悲しそうに話していたな。「○○ちゃん、ティッシュ配り、好きですか?」って言われたけどやったことないし。

私も就職していた。「あのころと違って私大人になったから・・」って言われたけど。その後会うことは無かった。

けど翌年年賀状もらって、会社を辞めて簿記の専門学校に通っているって書いてあった。

新しい道を歩き出したんだ。わたし、住所がわかると女の子の家に行っちゃうストーカー癖があって(笑)。

阿佐ヶ谷に引っ越したそうで。電話番号は書いていなかったので、アパートに行ったけど不在だった。自分は大学4年から就職した年まで付き合っていた彼女と別れた頃だったから、あの時部屋に彼女がいたらその後どうなっていたのかなあ?

群馬に帰ってきたころM君に聞いたら。その後結婚して千葉でお子さんもいて幸せに暮らしているそうだ。

二人で歩いたこの道。

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泣きながら駅に戻りました。

モノレールの駅にて。

多摩センターはあの丘の向こう。

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自転車であの丘を越えたことも有ったな。団地の中の公園で自転車を置いて休んでいると小学生の男の子が話しかけて来て、しばらく自転車の話とかしていたな。あの子はどうしているのかな。

大学の方を見ると。名声大学もビルになっていたなあ。

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最初のバイト先で知り合ったあのうちでお皿を洗ってくれたおねいさんは名声大卒で、その彼氏からベースギターを譲ってもらったな。

BCリッチのイーグルベースで初期のハンドメイドで当時50万円くらいした奴を数万円で売ってくれた。壊れていて修理代が高かったけど・・。

当時人気のクリエイションというバンドのベーシストがツアーで使っていたという実物。アルミのツアーケースに航空機会社の壊れ物シールが沢山貼ってあってかっこよかったな。

東京は凄いものが手に入るところだと思った。

彼女が4年間暮らした街を後にする。


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高幡不動で下車して、駅前の「あんず村」でドンスパというパスタを懐かしんで食べようとしたけど、違う彼女との思い出だし、暑さでぐったりしたのでやめた。

行に新宿駅の人混みに卒倒しそうになったので、立川で乗り換えて中央線で直接東京駅に行くことにした。

今日は祝日なのに、なぜか母校の椎応大学は授業をやっているという。じゃあ、大学に行って学食でかつ丼でも食べようかと思ったが、おっさんなので浮いちゃうだろう。なんか市民講座とかやっている時に紛れて行ってみようか。

しかし、今回都内でびっくりしたこと。列車に乗っている人の9割以上がスマホをいじっている!恐ろしい依存率だ。こんなんで日本将来は大丈夫なのか?

けどモノレールの車内で椎応大生は参考書を読んでいる学生が多かったぞ。法令集が多かったので法学部の学生だな。椎応大は法学部だけが学内に別の大学があるかのようにオツムが良く真面目だ。

私の経済学部はチャラかった・・。

久しぶりに見た椎応大キャンパスは、耐震工事で姿が変わっていたな。反対側の名声大の校舎の方が立派・・。

本当にモノレールの駅は大学の横にあるのな。もう、多摩動物公園からあの坂を登ってトンネルを通ってくる必要はないのか。あの道まだあるのかな?

立川駅で乗り換え。ここからはまたモバイルsuicaが活躍します。途中新宿で降りようか迷ったけど、suicaだとどこで降りても融通が利くからよいよね。

東京駅でお土産げでも買おうかと思ったが、恐ろしい人混みで店がどこにあるのかわからないのでやめた。

一番直近の新幹線で帰ろう。

20分後に1本あった。みどりの窓口も券売機も新幹線チケットを求める人の列が・・。

しかーし、モバイルsuicaならスマホで新幹線チケットが買えちゃうのです!

柱の陰でピコピコ。一番近い新幹線指定席をゲット。席の場所も車内図から選べるんだよ!

メールがすぐに来るから、車両と席の番号を確認できます。


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速いし簡単。並ばなくていいし楽ちん。そう今回の旅では窓口に並ばないのが一番良かったよ。

モバイルsuicaなら新幹線チケットは割引になる。東京~高崎間で720円安いからそれを2回も乗れば年会費の千円のもとは取れるよ。

じゃあ、ときに乗って帰ります。もう暑くって駄目だし。


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やっぱ新幹線は速いや。


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新幹線チケットをモバイルsuicaで購入すると運賃も含めてクレジットカードから引き落としになる。

結局チャージした金額からあまり引き落とされず、こんだけ残った。


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立川~東京間の運賃は加算されたのかなあ?あれって東京切符なら含まれるんだけど。そこはまあいいか。

モバイルsuicaは便利だった。チャージ金も残ったし、また電車思い出旅行に行こう。

まだまだ思い出はたっぷりある(笑)。

しかし、暑かった。真夏の電車旅はもう無理~。

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2017年7月21日 (金)

うずら(bar・多摩センター)。

多摩センターの夜。

この街はキティーちゃんの住み家です。

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怪しいサンリオのお城だ。私が多摩センターに住んでいたその頃、ここは空き地でした。


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さあ、出掛けよう。思い出旅の夜は、飲み屋さんを探す。

自分があのころ住んでいたアパートから50メートル程の場所に、おしゃれなバーがありました。

うむ、学生の頃、あの場所で酒を呑むって殆どなかったし、ましてや飲み屋に行くってことも無かった。大人になって飲めるようになったぜと、学生当時の自分に今のおっさんになった自分を見せつけたいという思いで、あのアパートの近くで飲むのは意味があるのです。

スマホで調べると、気さくなマスターが一人でやっている店らしい。


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「うずら」というBARです。この界隈では本格的なバーのようです。

昔はこの辺りって飲み屋さんって無かったよなあ・・。夜出掛ける場所なんてなかったんだ。

外観はお洒落。

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マスターが気軽に入れるようにと、中の様子がわかるように窓が大きく内部は丸見え。

これはありがたいね。初めて入る時はドキドキモノなので中が混んでいるかどうかがわかるのは嬉しい。常連さんばかりで盛り上がっているとヤバって思うしね。

覗くと、中はお客さん一人だけ。これは入るっきゃない。

あれ、マスターじゃなくって・・。

若い女の子のバーテンダーさんです!

ええええ?なんか店の状況はネットと変わっているようですが。

カウンターは7席くらい。あとテーブル席が3か所10席くらいか。屋外にもオープン席がありますね。

店内はさりげなくJAZZが流れています。オーセンティックよりもややカジュアル寄りです。

カウンターに座ります。常連さんがカウンターの一番奥にいるので真ん中あたりに。

こちらから話しかけます。

「かっこいい、お店ですね」

「あ、ありがとうございます」

喉が渇いていたのでしゅわっとするものをまずはもらおうか。

「メニューをどうぞ。」おお、メニューがあるのは親切ですね。

じゃあ、ジン・トニックを。

お、美味しいです。いいじゃないですか。

続いては。うーんシングルモルト行っちゃうか。

「ラガヴーリンを」ラガヴーリン16年好きなんすよ。アイラの中で一番好きかも。

「飲み方はどういたしましょう?」「ストレートで」

これでちょっと本気な飲み手と思われたのか?

「実は最近マスターがいなくて・・、私、アルバイトなんですよ・・。」

え?そうなの?バーテンダースタイルも決まっているじゃないですか。けどちょっと蝶ネクタイが曲がっているか?

小柄でショートヘアで、素朴な感じ。

「マスターが一人でやっていたんですが、もう半年くらい、家庭の事情で店に来なくって(笑)。アルバイトが10人もいて順番に店を回しているんですよ」

そのマスター、羨ましいよなあ。バイトで回るなんて、店が上手く行っているんだなあ。こんな店やってみたい。

「タリスカー、ソーダ割にしていただけますか?」

「はい、えーっと、タリスカー・・、」

「その伊達の右、スプリングバンクの辺り・・」

マスターはウィスキーを地域ごとに棚を分けているようで、アイラの下のジャパニーズの右側にアイランズとキャンベルタウンが一緒の棚になっているようです。

うん、ソーダを静かに注いでステアも軽くゆっくり1回でマドラーを静かに抜く。いい手つきじゃないですか。マスターから教えを受けたのかな。

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あー、おいしい。上手に出来ていますよ。

お客さんも増えて、カクテルの注文がいくつも入りますが、レシピをちゃんと覚えていて素早く作っています。かなり手さばきがよく、てきぱきしていますね。

シェーカーを振るのもさまになっています。かっこいいぞ。

「お酒お強いんですね。」と言われて、

うん、家では浴びるほど飲んでいるかな。このバーくらいウィスキーは家にあるよ・・。

バイトでも回せるように、カクテルはメニューで明確化しているし。ウィスキーもオフィシャルのスタンダード品しかなく、レアボトルとかは無い様子です。一通りはありますが、面白いのは無い。バイト中心だとこの辺りが目一杯でしょうか。

値段が安いボトルは無く、、ローヤルや余市から上のボトル。

白州のハイボールがかなり売れていたので客単価は高そうですね。

丁度TVではウィンブルドンの男子シングルス決勝が行われていたので間が持って楽しめたな。

結構混んできて7人座れるカウンターは5人が座る。しかし、そのうち3人はスマホをいじっているよ・・。うーむ何をしにバーに来た?こんなかわいいバーテンダーさんが目の前にいるのに会話もしないなんて、もったいないなあ東京の人って。

テーブル席も2組入って、バーテンダーおねいさんはてんてこ舞い。けどちゃんとオーダーを憶えていてテキパキこなします。

地元の美大の3年生で油絵を描いているそうだが、これだけ人と接しられて仕事がこなせれば就職も上手くいくだろう、油絵が描ければ何でも描けそうだし。凛とした涼やかな感じの子です。こういうスーパーな女の子もいるんだなあ。

自分が大学3年生の頃こんなこと出来たかなあ?もっといい加減な学生だったよ。自分はバイトも事務系とか雑誌の編集とかやってて、接客は無理だったよなあ。

今時の学生さんも見直した。

「なにかお酒、お造りしましょうか?」

ナイスなタイミングで声を掛けてくれた。もう1杯飲んで帰ろうと思っていたところ。

余市をロックで。最近の国産NAクラスはロックが旨いと思い始めています。


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ちゃんとボトルのラベルをこっちに向けて置いてくれるよ。

やっぱ、おっさんなので私は昔話ばかり。

この辺りに住んでいてね。当時はピューロランド空き地だったんですよ。

「えー、どれだけ昔なんですか?」

モノレールも無かったし。

「モノレールが無かったら大学とか行けませんよね?」

なかなか楽しくお話しできました。敬語に言い直したりして、可愛いもんです。

また来たい店だ。けど、バイト10人もいるから彼女に順番がなかなか回ってこないのかも。

おつまみがワサビあられとバナナチップス。ジントニック→ラガヴーリン16年ストレート→タリスカー10年ソーダ割→余市NAロックと飲みました。普段家で飲んでいるボトルばかりだけどいいんです。飲みなれている方が安心できるのだ。

ああ、爽やかな気分。気持よくお酒が飲める店でした。

多摩センターで2軒目で大人っぽくお酒だけを一人飲みしたいなら「うずら」おすすめです。

さて、ホテルに帰るか。

近所なんでやっぱり自分が暮らしたアパートを見に行く。

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もう無いけどな。夜の思い出は無いなあ。部屋で夜中は何をやっていたのか?大学1年生の自分よ。

まあ、悩んで悲しんでいたんだよな。一人暮らしを始めたばかりで寂しさもあったのだろう。

夜の駅前。ここもあの頃好きだった場所だな。夜中にここを歩いたもんだ。


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空には月が出ていたよ。


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ウオークマンでユーミンやら谷山浩子やらを聴きながら。この暗さの通りをあのデジタル時計の公園まで夜中一人で背中を丸めて歩いた、あの頃の自分の姿をこの景色に重ねました。

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その場所まで歩こうかと思ったけど、もう夜も遅い、ホテルの部屋に戻って眠ろう。

多摩センターの夜は深かった。

部屋で思い出しながら、自分があの女子大生バーテンダーさんみたいなしっかりとした学生だったら、もっとちゃんとした大人に自分もなれたのかなあ?とか思いながら、眠りにつきました。

次回は、思い出の丘、彼女のアパートで号泣、です・・。

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2017年7月20日 (木)

思い出旅その2・多摩センター編。

前回の続きです。

多摩センターに到着。これは駅の名前でして、そういう街があるわけじゃありません。

昔からの名前で言えば多摩ニュータウンですかね。

ここは大学1年の時に住んだ街です。上京して初めて一人暮らしをした場所。自分の人生のスタート地点と思っています。

駅前は基本変わっていないなあ。

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店は変わっていますが建物の配列は変わらない。

増えた建物も多いけど。ベネッセの高層ビルが出来た時は驚いた、自分の中では最近のことだけど。

サンリオピューロランドは私が住んでいた頃は空き地だったよ。カップルの車が停まっていてギシギシ揺れていたような場所。


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手前のファンシーな街並みもどうしたものか。左のイトーヨーカドーが買い物のメインだったな。

チェックイン前にローソンで買い物をしたが、レジが長蛇の列で10分は並んだよ。都内のコンビニってスゲーんだな。

今夜の宿。京王プラザホテル多摩。


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京王プラザといえば新宿のシティーホテルを思い浮かべるが。

こちらは完全なビジネスホテルだな。ドアマンもベルボーイもいない。

楽天トラベルで決済済みなので、チェックインして自分で部屋へ。

6階でした。

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狭いけどシンプルでいい感じ。

窓の下は多摩センターのメインストリート。


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コンビニで買ったビールでまずは乾杯。


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一番搾りはいろいろご当地があるね。だいたい同じ味ですけど。

さて、荷物を整理して身軽になり、思い出の場所散策に出発。

多摩センターの中心街といえば、このレンガが印象的。これは変わらないなあ。多摩センターが舞台のアニメって結構あるけど、このレンガの壁が良く出て来るよね。

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駅と反対方向へ。

ああ、これも昔の頃からあるのだ。パルテノン多摩。大学1年の頃は工事中だったと思うが、その後完成してたまに遊びに来たな。


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中には入ったことは無いけど、この階段は良く登った。階段だけは当時もあったのかなあ?

若い頃は普通に上れたが今は見ただけで躊躇。はあはあ言いながら登る。


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駅方向。

あの昭和の頃に近未来的なイメージがあった。


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自分の中に東京というとごちゃごちゃしたイメージと、こういう機能的に整然としたイメージがあったな。それに私は団地が好きだった。子どもの頃に観たNHKの夕方にやっている青少年向きのドラマに良く団地が出て来て、東京というと団地も思い浮かべる。

多摩ニュータウンは下町と並んで自分には東京の象徴だった。まさか住むとはね。

大学のキャンパスもコンクリート打ちっぱなしのビルが並ぶ当時としては先進のデザインだった。

田舎で育った自分にとっては、まさに異世界に迷い込んだみたいな、多摩センターでの東京暮らしスタートだった。

階段をのぼりつめると池がある。


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二十代の終わりの頃、この多摩センターの手前の駅の稲田堤に彼女と同棲して暮らしていた。結局仕事をやめてぶらぶらしていたら彼女に出て行かれ、退職金で買った一眼レフをぶら下げて多摩センターをうろうろしていたことを記憶している。

その時にこのアングルで写真を撮ったな。いつ撮っても同じ写真になるな。

池にカルガモの親子が。可愛い。

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隣にある大きな池。いい風景だ。若いカップルがイチャイチャしている。


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青春だなあ。ラジコンのヨットがのんびり進む。大人になってもここに住みたかったなあ。

団地の中の道を進む。この町の道は車と歩行者がはっきりと分かれているのだ。


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ここをよくアパートから歩いて散歩したなあ。当時は工事中で行き止まりの道が多かったけど。

ああ、思い出した。この公園。ここは夜の散歩での目的地だ。


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この時計塔。当時はアナログ時計は付いていなくて、この下に四角い窓があってデジタル時計だったんだ。

その時計のボーっとした光が、真っ暗な公園にポツンと灯っていた。


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暗闇の中をウオークマンで曲を聴きながら散歩した。このベンチに座ってデジタル時計の光を眺めながら。

その当時聴いていたのは谷山浩子。暗かったな。

この場所に来ると必ず聴く曲があった。

動画のアップがなかなかないな。ああこのリンクにあったよ。

谷山浩子 バザール

なんかね、このバザールの場所がここみたいな気がしたんだ。

暗いね。この頃結構悩んでいて、眠れない夜にここまで散歩してこの曲を聴いていた。

当時はテロも無かったし割とおおらかだった・・。今だったら完全に不審者で、職務質問ものだよね。

この頃、高校生の時に好きだった同級生と卒業後付き合ったけど酷い別れ方をした。その状況で私は上京してこの町に住んだ。それでも彼女が忘れられなくてね、群馬に帰っては逢ってもらったりしたのだけど。

アパートには電話が無くて、この道の途中の公衆電話で電話したり。

けどうまく行かなくてねえ・・。眠れなくて明け方にも来たっけなあここに。

で、同じ同級生の美大の人と付き合おうとしたんだけどそれも上手くいかず・・。

やっと都内で彼女が出来たのは、ここを引っ越して2年生の時でした。

で、その彼女はこの近くに住んでいて自分は桜上水に引っ越していた。良く彼女と一緒にいった場所がある。

思い出の丘と呼んでいる。

うーん、こっちかなあ?記憶がイマイチ。

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グーグルマップで検索。スマホは便利だね。それっぽい丘を発見。

ん?こんなに低い丘だったかなあ?

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あ、ここかあ。ここは違う。けどこの丘も思い出の場所です。


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夕方に散歩した時はここに座って夕陽を見たりしたな。

その頃多摩センターを舞台としたテレビドラマがあったんだ。

「毎度おさわがせします」っていう当時は画期的なエッチなドラマ。あの中山美穂のデビュー作です。中山美穂が脱いじゃってモロケツとか出していたよ。今じゃその動画はカットされるんだろうけど。オープニング曲はCCBのあの「ロマンティックが止まらない」だよ。

この丘で中山美穂のシーンが撮影されていたと思うが。

なんか自分が住む街でテレビドラマの撮影をしているっていうのが初めてでうれしかった。アパートの家賃を払いに行った大家さんに、この前この辺で撮影したドラマをやってるんですよ、って伝えた記憶がある。

グーグルマップで再び検索。ああこっちか。

そうそう、この先。

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ああ、この丘です!

涙がぶあっと溢れそうになりつつ階段を上る。


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ああ、あの頃のぼくらに、会えるんだ!

あ?あああ・・。

思い出の上で、カップルがイチャイチャしてやがりますよ。

これでは思い出の場所に座れないじゃないか。そのうち家族連れや子守のおばあちゃん、ランナーが集合し、もう人だらけ。

これでは思い出を反芻できないじゃないか・・。

明日の朝また来ましょう。出直しです。

なら、自分が住んでいたアパートを探しに行こう。

駅に戻る。

ああ、ここでバスに乗って大学に通たんだよな。


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今もここから大学行のバスが出る。

住まいから遠くてとても歩いてはいけない。今だったらモノレールで行けちゃうのだ。

当時はバスか、義理兄さんからいただいた原付バイク(JOG)で通ったな。あとはなんと、車を持っていたのだ!

群馬じゃあ、当たり前のように車に乗る。私も18歳になったら教習所に通わされ、入学祝に車を親に買ってもらったのだった。

別にお坊ちゃまじゃなくて、群馬の人間は車が無いと何処へもいけないと思っている、必需品なのです。だから一人暮らしの冷蔵庫と同じ感覚で車を買ってもらえた。

確か16万円だったか、中古のスプリンタークーペ。白の2ドアの。もちろん当時はマニュアルミッション。

おんぼろだったけど、1年生で車を持っているなんて他にいないもの。男友達にもてたよ。授業の後に海を見に行こうぜとかいって鎌倉街道を走ったり。なかなか彼女はできなかったけど。

大学の協力下宿と言って家賃は2万7千円だったかな?バストイレ付きで、無料駐車場もあって空いていたという。

大学の上の峠に有料駐車場があってね、1日100円だったか。車通学の始まりです。その後大学内でバイトを見つけて、大学構内の駐車場の許可証をもらって校舎の裏に駐車していたもの。これは友達にも一目置かれたな。便利なやつと・・。

結局その車はバッテリーが上がったり、走行中に車内の内貼り布が落っこちて来て前が見えなくなったり。

最後はエンジンルーム内で燃料ホースの劣化でガソリンを噴出して、危うく火災になるところで廃車しました・・。

そのアパートは駅を通ってこの辺り。寿司屋と床屋はあの頃からあったな。

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この間をまっすぐ行って川にぶつかったら左に曲がって。

はあああ・・。

アパートはもう無いのです。高級そうなマンションに変わっていました。


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ここに3棟アパートが並んでいたんだよな。

ちょうどこの辺りに私の住んでいた平和荘はあったのだ。


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最初に歓迎会みたいなのを先輩の部屋でやってもらってね、自治会みたいのがあったようです。電話の取次ぎもしてもらった。

けど、個室のアパートなんだけど同じ大学の学生しかいないから、 やっぱそういう共同生活みたいのは馴染めなくてね。カーテンを閉め切って引きこもっていたなあ。

バイト先のOLのおねいさんが私に興味を持ってくれたのか、一度私の部屋に来て、流しのお皿を洗ってくれたなあ。あれは何だったんだろう。けどカーテンは開けてくれって言われたけど・・。

ああ、バッテリーが上がっちゃってね車の。近くに中学の同級生のM君が住んでいてね。

この下り坂で彼と二人で車を押して押し掛けに成功。お巡りさんも通りかかってみて笑っていたけど。そんなことばっかりやっていたなあ。


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このカーブ憶えているなあ。最初の頃、帰りは駅からこっちへ帰っていたもの。

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そうそう、さっきちょろっと出ていた美大の人。高校の同級生なんだけど、東高円寺に住んでいて、終電が出ちゃったあと新宿から青梅街道を歩いて住所を頼りに東高円寺の彼女のアパートまで行ったんだ。

男女っていうか同級生だから友達感覚で泊めてもらったから何にもなかったんだけど。

そのうちデートしたりまた彼女のアパートに泊まったりして付き合いそうになったんだけどね。

一度このアパートに彼女を連れて車で来たんだけどバッテリーがまた上がっちゃって。ヤカンのお湯をバッテリーに掛けたんだけど動かなかったな。

結局彼女はうちに泊まったんだけどまた何も無くてね。当時の私は貧乳マニアだったので、彼女の巨乳が怖かったのかもしれないなあ。一応当時流行っていたフロントホックのブラを外したんだけど、バストが大き過ぎてなんか怖くてまたフロントホックを戻してしまったという(笑)、そんな夜だった。彼女に失礼なことしたなあ・・。

あと、S君の彼女!戸板短大に通っていたMさん。なんか私のこの部屋のシャワー借りに来ていたよね?八王子在住で銭湯通いだったからか。あれも楽しかったね。人んちのシャワー借りる女子大生っていったい・・。いい時代だったね。

さて、お腹が空いたぞ。駅前に戻って居酒屋で一人飲むか。

しかし、なんかチェーン店の居酒屋ばっかりですよ。しかも混んでいるなあ。

食べログで地場の居酒屋をチェックして行ってみるも。どこも日曜祝日は定休日でしたよ・・。

なんか夕立が来そうです。


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この後も夜に行く場所があるので、ちゃちゃっと何か食べて一度宿に戻ろう。

あ、ここ!懐かしいなあ。

カレースタンドのC&Cですよ。


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当時外食はしなくて、学食と自炊のみだったが、唯一この店は食べたなあ。自炊もヨーカドーで買い出ししてかつ丼とか自分で作ったものな。

カレーも学食で安く食べられたのだが、なぜかこの店には良く行った。当時はこういう具のないカレーにトッピングするのが自分は珍しかったんだと思う。ココイチ無かったし、後はイレブンイマサがそうだったか。C&Cは京王線の駅には良くあって、あの桜上水にも当時はあった。

多摩センター店の場所は変わっていないかな?この辺りだったよな。当時はカウンターが調理場を囲む感じだったが。今はお盆を持ってカレーを作ってもらって、窓の外を向くカウンターに座る。


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昔はコロッケカレーをよく食べたかな。大人になったからメンチカツカレーにした。


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中辛ね。当時大辛を頼んで辛すぎて困ったから。

相変わらず具のないカレー。美味しうございました。

その後、思い出の場所を探し。彼女のアパートへ。

多摩モノレールに初めて乗ってみました。便利になったものです。


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彼女のアパートは大塚っていうところだったので多摩センターから歩いてはいけないよな。当時はバスかな。それとも車だったか。

彼女はどうやって駅まで行って桜上水まで来てくれたのかな?とにかく当時はモノレールなどなかった。

アパートはすぐに見つかったが、夜のあの辺りに思い出が無かった。周りに何もないから夜にはで歩かずアパートの部屋に二人でいたのでしょう。

明日明るい時にまた訪れることにしましょう。

疲れたのですぐ帰ってきた。

夜の多摩センターは怪しいね。サンリオピューロランドの世界。


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ホテルに戻ってシャワーを浴びてまた出かけました。

いろいろ探して、自分のアパートの側にお洒落なBARを発見。行ってみましょう。

ここが良かった。

な、なんと女子大生がああああーーー!

次回に続く。

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2017年7月19日 (水)

思い出旅その1・モバイルsuica成功&桜上水

さて、この前の3連休に、一泊2日で行ってきた都内思い出旅行。

若い頃からの居住地を順番に尋ねようと、今回は大学1~2年の頃の思い出旅です。

まずは、前回書きましたが、今回の電車旅の大きな目的である、モバイルsuicaを使ってのスマホで楽々乗車です。

普通列車グリーン券事前購入と車内での改札省略、そして改札口タッチ&ゴーがやりたいのです。

出発前に自宅にてグリーン券をモバイルsuicaにて既に購入、乗車直前じゃあ慌てちゃうからね。当日限り有効ですから。

改札を通る前に、本当にスマホで使えるのか?改札の扉が閉まったらどうしよう?と不安が目一杯なので、駅のコンビでお買い物。スマホをセンサーに当てると・・、会計できました!

よーしこれならいけるぜ。改札をタッチ&ゴー!

や、やった!通れましたよ改札!

湘南新宿ライン快速がやってきた。ここ高崎が始発です。快適にグリーン車の旅です。事前購入なら780円プラスすれば静かでゆとりの座席をゲットです。

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いつもの旅は小田原まで乗りますが、今日は新宿で下車。


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いつもは席が広く感じて空いている1階席に行きますが、今回は見晴らしの良い2階席へ。


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さあ、これが問題のセンサーです。これにモバイルsuicaを近づければ、赤いランプがグリーンに変わり、グリーン券を提示したことになり座った席を使用できます。


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スマホを近づけると見事にランプはグリーンに変わる。いや、実際はもっと近づけますがこれは変わった後の画像。


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ふう、で、出来たぜ。これで、改札に来るおねいさんは素通りする。実にスマート。一気に旅慣れた感じになるぜ。

グリーン券は使用済み表示になります。


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ちなみに、1万円チャージしてコンビニで買い物した分が引かれていますね。グリーン料金は別途登録クレジットカードより引き落とされます。

普通車運賃は、改札を出る時にこのチャージしたお金から引かれます。

無事新宿駅もタッチ&ゴーで改札を出られました。くくくっ、これでスマホでスマートな旅ができますぜ。

ここから京王線に乗り換え、最初の目的地の桜上水へ。ここは大学2年の時住んでいた町です。


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もう駅前はかなり変わってしまっていた。

以前はこの黒い建物の辺りに改札があってカレースタンドがあった。そこで大学3年の時にここを引っ越す作業を手伝いに来てくれた彼女と待ち合わせたな。彼女はぽつんと待っていてくれたっけ。


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今回の旅はその彼女より前の彼女との思い出編です。大学2年当時の彼女ね。

踏切の両側に改札が出来ていました。

歩くと、そう、彼女と別れの舞台、団地の桜並木です。

1年間付き合った彼女と春に分かれることになってね。私のアパートから駅まで夜一緒に歩いた。夜桜は満開で散り始めていた。

彼女は駅まで見送られると辛いからここでお別れしましょうといった場所。もう振り向かないで別れようと。

けど私は振り向いて彼女の背中を見た。その瞬間、風が通り過ぎて桜吹雪で彼女が見えなくなって別れたという。

映画みたいなシーン。

ああ?

団地が無いいいいーーーっ!

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マンションになっていましたよ・・。

桜並木が無くなっています。

実は10年ほど前にも今回と同じような思い出旅行をやっていました。以前やっていたブログに書いた、

その時の画像と記事はこちら。

はああ、こんなに変わってしまうなんて。

そこからすぐのアパートの跡地。左側の奥の家の場所にあった。


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ぼろアパートだったけどなあ。二人で銭湯に行ったっけ。

何か悲しいことがあって階段に座って私がバイトから帰って来るのを待っていたことも有ったなあ。

これが通った銭湯。なんと温泉になっていましたよ。


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この辺りの思い出話はさっきの記事に詳しく書きました。

アパートの裏にあった、渡辺美里さんの歌にも出てくるミルクホール。もうやっていない感じです。


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何で住んでいた時に行かなかったのかなあ?

さあ、涙が止まらないので次の場所へ行こう。

京王新線で多摩センターに行きます。途中、調布駅が地下になっていて驚いたけど。

多摩センター駅に到着。変わっていないけど、人が多い。こんなに人がいた街だったか?

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ああ、懐かしいな。ここは変わっていない。昔から面白い町なんだよ。

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次回、多摩センター編に続く。

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